浜田省吾ヒストリー④ アルバム「MIND SCREEN」
浜田省吾さんの歴史を振り返るコーナー、4回目は
アルバム「MIND SCREEN」
前作のアルバム「ILLUMINATION」を制作する際には、全く曲が作れなくなり
行き詰まりながらも「片想い」という曲を生み出せたことで、新たに曲作りが出来るようになった省吾さんでしたが。
次のアルバムにあたる今回の「MIND SCREEN」では
今度は詞が書けなくなり、大半の歌は作詞家の方々に依頼することになりました。
ミュージシャンとして、それは本望ではなかったと思いますけれど、やむを得ない状況ということもあり、半分妥協してアルバム作りに挑みました。
同時に自分には、周りから求められる音楽を生み出す才能がないのでは?
と落胆してみたり
ビックになれる要素もなく、社会に影響を与える力もないのでは?
と無力さも感じていたと思います。
そういったこともあってか?
省吾さんは、この頃から良い意味で悟り始めるんです。
ミュージシャンを目指してデビューした頃は、自分もビートルズのように
オーバーナイトセンセーションを起こせるミュージシャンになる!という夢がありました。
でも、それは稀なサクセスストーリーであって、自分の身の上には起きないことなんだと素直に認めて、現実を受け入れることが出来るようになるんです。
その時の想いを、省吾さんはこう語っています。
70年代の終わりっていうのは、色んな人が随分意識的にそういう❝区切り❞を、形にしようとしていた気がしますね。
80年代になることによって、だんだん冷えていった情熱みたいなものに、また火をつけられるんじゃないかっていうのはあったと思います。
僕自身はデビューしてからの悪戦苦闘 が、えらく虚しいもののように感じられて、自分で自分の道を行くんだって思い始めた時期が79年だった気がしましたね。
オーバーナイト・センセーションを夢見て始めた成功の幻想みたいなものは、もう自分に起こらない。
自分は自分の中で出来るものをやっていけばいいんじゃないかって思い始めた頃ですよね。
(著書「浜田省吾事典」より)
自分はビックにはなれないと認めることって、ビックになることを目指していた人にとってみたら辛い選択ですよね。
でも、ビックになることだけにこだわり続けていると、我を見失ってしまうことにも気付くんでしょう。
今大事なこと、今やれることに目を向けられるようになったんでしょうね。
おそらく、そう感じて出来た歌が
「悪い夢」という歌だったんだと思います。
この歌についても、省吾さんは、こんな風に語っています。
この時は、もう25か26才でしょう。
だから、それ(❝坂道を振り向けば、そこにいたはずの友も恋人も見えない、でももう今は引き返せない、まるで悪い夢を見てるみたいだけど ❞という歌詞の内容)は、もう自分の生活環境ですね。
その時はもう結婚もしてますしね。
家庭も持っていたし、自分が養っていかなきゃいけない社会的なものがあって(笑)
もちろん父も、ずっと前に定年退職してるわけだし。
まぁそういうことなんじゃないかな。
だから、いまさら仕事を替えて違う職業に就いてっていう風なことをやるよりも、このまま一生懸命やった方がいいんじゃないかなってことなんじゃないですかね。
平たく言えば。
(著書「浜田省吾事典」より)
現実の生活もあるとなれば、壮大すぎる大きな夢を追うことよりも
音楽活動を続けていられるのであれば、その中で自分なりに頑張るしかないと
そう思えるようになったんでしょう。
家庭を背負っていたら、誰もが、やはりそう思うでしょうね。
特に音楽の世界は厳しい世界ですから、その中で生き残ることでさえ大変です。
細々とでもミュージシャンとして活動していられるならば、それだけで充分だったりするのだと思います。
ただ、そうは言え、やはり自分の歌としてステージで歌う以上
自分で作った歌詞でないと、そこに説得力を感じられない面もあったんでしょう。
このアルバムで作詞家の方々に、半分くらい作詞を依頼したことによって
省吾さん自身、そのことを実感して気付くんです。
アルバム収録曲
- 子午線(作詞は森田由美)
- 幻想庭園(作詞は三浦徳子)
- インディアサマー(作詞は竜真知子)
- 愛を眠らせて(作詞は三浦徳子)
- いつわりの日々
- ダンシングレディ(作詞は竜真知子)
- 朝のシルエット
- サイレント・ムーヴィー(作詞は森田由美)
- グッド・ナイト・エンジェル
- 悪い夢
このアルバムの中で、私の好きな曲は
(やはり省吾さん自身が作詞したものがメインですねぇ)
- インディアサマー
- 愛を眠らせて
- いつわりの日々
- 朝のシルエット
- グッド・ナイト・エンジェル
- 悪い夢
ちなみに私が省吾さんのファンになったキッカケの歌の1つ「いつわりの日々」も
このアルバムに収録されていたんですよね。
「グッド・ナイト・エンジェル」は、省吾さん自身、自分でも当時から気に入っていた歌だったようで
去年、アレンジし直してリメイクして、新たにシングルCDとして発売されていました。
そして、このアルバムについて、省吾さんはこんな風に語っています。
全く詞が書けなくなるんです。
このアルバムって、メロディ・ラインとしては悪くないんだけど、締切が過ぎても詞が書けない。
今だと延ばそうとかいうことになるんだけど、そんなことを言える立場じゃないし(笑)
この時からディレクターが須藤晃君になるんですよね。
自分と同じ歳で東大出身で、アメリカの方に行っていて、面白い奴だなぁというのはありましたけど、そんなに強い印象じゃなかった。
それよりも自分が、どう詞を書いていいかわからなくて、失語症みたいになってた。
中では4曲、自分で詞も書いてます。
自分で書いた詞はステージでも素直に歌えるんで、これを作った時点で、自分で詞を書かなきゃダメだ、どんなに書けなくても、出来るまで書かなきゃいけないんだって、ある意味で吹っ切れたアルバムです。
(著書「浜田省吾事典」より)
そういった意味で、省吾さんにとって、色んな角度から自分の音楽を見つめ直せて
良い区切りにもなったアルバムだったような気がします。
実際にライブでも、省吾さんが自分で作詞した歌以外は、私もあまり聞いたことがないです。
やはり歌いにくいんだろうなって感じます。
まぁ、たまぁ~に1曲くらい歌ってくれることもありますけれどね(;^ω^)b
ここに出てくる須藤さんというディレクターは、確か尾崎豊さんのことも担当していたような…。
才能あるディレクターだと思います。
そうやって、このアルバム制作で学んで得た教訓を機に
それまで、自身が気付けずにいたことに気付けたことで
徐々に省吾さん自身の本来もつ才能が、全面的に開花され始めていくんです(*^。^*)
そうしたことによって、やりたかったことが出来るようになっていくんですけれどね!
まぁ、まだまだ一長一短にはいきませんが、次のアルバムは、その序幕のような感じになっているような気がします。
そのお話については、また次回に続きます(*^_^*)