浜田省吾ヒストリー⑪ アルバム「FATHER'S SON」
浜田省吾さんの歴史を振り返るコーナー。11回目の今日は…。
アルバム「FATHER'S SON」
このアルバムは1988年に発売されたアルバムなんですけれど
その前年に省吾さんは、父親を癌で亡くされていて
悲しみに打ちひしがれる中で
「父親の死というのは誰かの子供であることが終わるということでもあり
本当の意味で大人になる」ということを感じたようでした。
そして、母親も1980年に脳梗塞で倒れて
半身麻痺になっていたこともあり
両親のそういった姿を目にして
「生と輝き、その脆さみたいなもの
誰もが病んで死んでいくことの確実さを
いやおうなく受け止めなくてはいけない」と感じたのと同時に
「父と母が生まれた時に授けてくれた小さな芽は
自分の中でずっと育ち続けているんだ」ということも痛感して
今回のアルバムでは
自分のルーツとは何か?っということをテーマに掲げて
そのタイトルも、単なる「父」でもなく「息子」でもなく
敢えて「父の息子」=「FATHER'S SON」にしたようでした。
そして、ルーツを遡ることによって
自分が生まれ育った時代が昭和ということで
戦後、日本に経済的にも文化的にも、大きな影響を与えた国でもあり
自分自身の音楽のルーツにもなった国・アメリカ。
そのアメリカという国についても
見つめ直して作り始めたのが、このアルバムでした。
私は、ちょうど、このアルバムが発売された1988年に
最初の子供を出産して、初めての育児に無我夢中で必死で
ライブにも行く時間もなく、CDでしか聞くことが出来ずにいたんです。
好きなアルバムの1つではありながらも
当時は、まだ自分の両親が元気だったということもあり
あまり身近に感じられないアルバムだったんですけれど
ここ数年ですね。
シミジミ感じてしまったのは…。
4年ほど前に、父が狭心症の手術を受けている際に心不全を起こして
亡くなりかけて病院のベットに寝ている姿を見た時
このアルバムの中に収録されている歌
「DARKNESS IN THE HEART(少年の夏)」が
ずっと頭の中を流れ続けて
こういう時の想いを歌っているんだということを目の当たりにしたんです。
幸い、私の父は息を吹き返してくれたので
まだ親を失う悲しみや、喪失感を味わうことなく済んでいますけれど
でも、いずれは向き合わくてはいけない親の死ではあるので
覚悟しておかなければいけないんでしょうけれどね。
そういったことも深く考えさせられた歌でした。
おそらく親を亡くされた方々には、相通じるものがある曲だと感じます。
思い出す病室で痩せてゆく父の姿を
痛みから解かれて去って行った独りきり
車の窓に映ってる 俺の顔 彼に似てる
Father's son どこへ向かってるの?
何を手にしたいの?
今夜 ON THE ROAD 虚しく拳を突き上げ
叫ぶ歌は答えのない心の奥の暗闇
Father's son 答えを探さないで
何も意味などない
You're only Father's son Carry on
覗かないで
勝利も敗北もなく横たわってる
心の奥の暗闇
そして、まさに血統について歌っている曲が
「BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)」
これは、自分の父親のことについてというよりも
アメリカと日本の関係を、省吾さんらしい鋭い観点で表現した曲でした。
父親=アメリカ。母親=日本という設定で。
この曲を初めて聞いた時に、こんな解釈の仕方もあるのか?っと思って
意表をつきすぎていて、歴史の教科書を読むよりリアルな感じがして
強烈に印象深く残った曲でした。
日本はアメリカに強姦された。
そして何も知らずに生まれた育たった子供達は父親が誰なのか
自分のルーツを探そうとしても知る術もない。
そんな内容なんですけれどね。
「基地のフェンスの向こうに揺れる星条旗
見上げてた17歳
黒く巨大な爆発機 校舎の窓を震わせた1969年
擦り切れた Old Blue Jeans
まだ若かった Rock&Roll
教室じゃFEN
Like a American boy」
「犯されて Since 1945
生まれて詰め込んだ大量のジャンクフードと
アメリカンパイ
They're looking for Father
母親には愛し方などわからず
探してもFather 見つからずに
バックシートでねじれるだけ」
「今夜 真夏の八番街
凍えてる感じる
俺の中のもうひとつのBlood Line」
「I've been looking for Father
帰る場所も 辿り着く場所もなくて
見つけても Father 戸惑うだけ
幻想を背負う ロックスター」
私の住む町の近隣の町に米軍基地があるんですけれど
フェンス越しにアメリカがあって
そこは日本であっても、アメリカの領土なんだと思うと
フェンス越しの脇道を車で通るたびに、この曲も浮かんできて
これが穏やかな形で、日本がアメリカに占領された姿なんだなっと
歌詞の意味について振り返り、考えさせられたことを思い出します。
そして省吾さんは、この曲について↓こんな風に語っています。
日本っていうのは人類の史上にかつてない、強引な…原子爆弾2個っていうね…やり方で、アメリカにほとんど強姦されたって形だと思うのね、戦争の時に。
でも、その戦後の処理が、アメリカにとっても初めての植民地化でしょ。
で、非常に穏やかな占領政策だと思うんですよね。
たとえば日本が満州。ナチスがヨーロッパを占領したというやり方じゃなくて。
その一番穏やかなのが、要するに天皇制度がそのまま残ったということ。
特に我々の世代は敗北っていうのを目のあたりにしていないから。
その7年後ぐらいに生まれているわけでしょう。
自然に、凄く穏やかにアメリカ文化が入ってきてしまったために、混乱してしまったっていうかね。
でも、実は強姦されて生まれた。
父親が誰だかわからない私生児なんじゃないかな。
その中でずっと育ってきて、ある日自分のアイデンティティを問う時に、自分のブラッド・ラインが見えない。
母親は明確に日本だってわかっているんだけど、父親がわからないっていう中で、皆が模索してるんじゃないかなっていうことに気付いたのね。
で、こういうテーマで歌えないだろうかって
この「BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)」っていうのを書き始めたんですよね。
著書「浜田省吾事典」より
そして、もう1つそういった流れから
平和ボケしている日本に対して
戦争の愚かさを忘れてはいけないということや
キチンと歴史から教訓を学ばなければいけないということを歌っていて
それは親から子に、代々引き継いでいかなければいけないことだと
考える機会を与えてくれた曲が
「RISING SUN(風の勲章)」でした。
焼け跡の灰の中から
強く高く飛び立った
落ちてゆく夕陽めがけ 西の空を見上げて
飢えを枕に 敗北を発条に
風向きを道しるべに 駆け抜けて来た
過ぎ去った昔のことと
子供達に何ひとつ伝えずに
この国 何を学んできたのだろう?
飽和した都会 集う家は遠く
ブラウン管の前でしか笑わぬ子供
老いてゆく孤独の影に脅え
明日に目を伏せて
踊るだけビートに委ね バリーライトの海で
何を支えに 何を誇りに
走り続けて行こう
You just believe in money
焼け跡の灰の中から
強く高く飛び立った
1945年 打ちのめされ
砕けた心のまま
1945年 焼け跡から
遠く飛び立った 今
この曲についても、省吾さんは↓こんな風に語っています。
❝現在の自分❞を見つめる時、どうしても親の世代の歴史や文化に帰っていくと思うんですよね。
現在、自分が欧米からの輸入文化であるところのポップミュージックをやるに至った出発点っていうのは、やっぱり1945年だっていう。
で、たぶん僕の音楽を聞くような若い世代の人達は、そこまで帰るキッカケを持っていないと思う。
だから、そういうちょっとしたキッカケを作ろうと思って、焼け跡という歌詞を使って、この曲を書きました。
著書「浜田省吾事典」より
その他には、省吾さんのプライベートに土足で足を踏み入れてきて
不愉快な気持ちにさせたマスコミに対して怒りをぶつけるように
その想いをタイトルにつけた曲なども収録されているんです。
その歌じたいは、内容は金曜の夜に真面目に家に帰ろうとする男と
ギンギンに遊ぼうぜ~っという男が出てきて
その2人の友情をユーモラスに描いた内容なんですけどね。
そして、そのマスコミにスクープされた記事の内容はというのは
省吾さんがトレードマークのサングラスを外して
無防備に奥さんと街を歩いているところを
フライデーに隠し撮りされた!
っという内容だったんですけれど。
その曲のタイトルというのが…。
「I DON'T LIKE ❝FRIDAY❞(戦士の週末)」
っというタイトルでして
そうとう、週刊誌の「フライデー」が嫌いなようでした(笑)
他には、離婚する夫婦の別れ際を歌った歌や
「NEW YEAR'S EVE」
出会って数秒で恋に落ちるけど
ホテルのドアを開けたら互いにどこに行くかさえ知らないという。
何とも割り切った恋を切なく歌っている歌などのバラードもあります。
「BREATHLESS LOVE」
このアルバムに収録されている曲は…。
- BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)
- RISING SUN(風の勲章)
- DARKNESS IN THE HEAR(少年の夏)
- WHAT'S THE MATTER,BABY?
- A LONG GOOD BYE(長い別れ)
- I DON'T LIKE ❝FRIDAY❞(戦士の週末)
- BREATHLESS LOVE
- NEW YEAR'S EVE
- RIVER OF TEARS
- THEME OF FATHER'S SON(遥かなる我家)
このアルバムの中で私の好きな曲は…。
- BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)
- RISING SUN(風の勲章)
- DARKNESS IN THE HEAR(少年の夏)
- A LONG GOOD BYE(長い別れ)
- I DON'T LIKE ❝FRIDAY❞(戦士の週末)
- BREATHLESS LOVE
- NEW YEAR'S E
- THEME OF FATHER'S SON(遥かなる我家)
そして、このアルバムについて省吾さんは↓こう語っています。
このジャケットは、わざとスプリング・スティーンのパロディーにしたんです。
綺麗すぎて、あんまり洒落になんなかったかもしれないけど、要するにライク・アメリカンボーイなんですね。
最初はマッカーサーと同じ格好をして撮ろうかって言ってたんですよ。
僕と同じレイバンしてたでしょ。
それは僕のアイディアだったけど拒否された。
その時は面白いかもしれないけど、あとでイヤになるよって。
『J・BOY』で始めたことにケリをつけたって感じますね。
「路地裏の少年」って家を出る少年の歌なんですよ。
家出をしていく。
で「遥かなる我家」で、ある種、気持ちで帰郷してるんですね。
やっぱり終わったんだと思いますね。
僕の中で一巡して帰ってきたんだと思います。
「路地裏の少年」が、初めて父の息子なんだということを意識して、少年ではなくなったんだと思う。
大人になったんじゃないかと。
ただ、後から自分でこう解釈をつけてるだけであって、作っている時は、そんなこと考えて作ってるわけじゃないですけどね。
とある男の子が家族をなくしたりとか、離婚したかもしれないし、社会に出て成功したかもしれない。
そういったことがアルバム
『DOWN BY THE MAINSTREET』『J・BOY』『FATHER'S SON』3つで1つとして繋がっています。
ツアーでは「RISING SUN」っという曲で、原爆が落ちた瞬間から戦後をスライドで流すんです。
それでコンサートツアーの最後の頃に昭和が終わって、自分が抱えてきたテーマと昭和が終わったのが一緒だったから、本当に区切りがついた気がした。
それがちょうど1989年だったんです。
著書「浜田省吾事典」より
省吾さんが長年抱えてきたテーマに、ケリがついて終わったのと
昭和という時代が終わった年が一緒だったということや
そこに加えて同じ時期に、父親の死も重なっていたということに
何か運命的なものを感じたりします。
一連の流れは、偶然ではなく必然であるような気がして
そこに何か理由づけることで、一区切りつくこともありますよね。
このアルバムでは、もう❝誰かの子供❞ではなくなったと感じて
本当の意味で大人になった等身大の自分を表現した形でしたけれど
次なるアルバムを制作する前に
省吾さんは、男性更年期障害に陥ってしまい
少しウツ状態の時期を送る日々が続いてしまいました。
そのため、日本を離れ長期に渡って休養を取ることになったんです。
ファンとしては、そのまま引退してしまうんじゃないか?っと
心配になったりしたのですが…。
そのお話については、次に続きます(*^_^*)